アキヅキダイスケ
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コミュニケーション!コミュニケーション!コミュニケーション!

大事なことなので、3回いいました。
夫婦、あるいは恋人同士でもいいですが、パートナーとの様々な問題、家事の分担、子育て、セックスレスなどなど、はすべてコミュニケーションの問題に収斂される気がしています。

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家事の分担

家事の分担についてのコミュニケーションについては、五藤隆介さんの『フルオートでしか洗濯できない人の 男の家事』という本がおもしろく、参考になりました。家事も仕事と同じ。パートナーは仕事のチームだと思えばコミュニケーションも違ってくる。夫婦や恋人だからと特別視するからおかしなことになる。ドラマ『コウノドリ』で、ナオト・インティライミさんが演じた夫が批判されていたのはそういうことだったと思います。現実が厳しいのは、父親は叩かれるだけで、大森南朋さんのようなフォローしてくれる存在はいないということです。覚悟しましょう。
ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の平匡とみくりのように、ダイニングテーブルを挟んで、ホワイトボードを活用したりしながら、仕事の打合せのように夫婦も会話をすべきだと思います。

子育て

子育てにおいては、粘り強いフィードバックが必要になります。中学生の長男を見ていると、なかなか改善がされません。苛々するのですが、怒るのはよくない。よくないというより、効果が無い。粘り強く繰り返しフィードバックするしかないと思っています。アンガーマネジメントには苦労しています。理屈ではわかるのですが、できずについつい怒ってしまいます。まあ、そういう親の理不尽さや不完全さからも、子どもは学ぶのでしょう。

わかった!突然すみません。長男の問題がやはりコミュニケーションにあることがわかったのです。たとえば、当日の朝に体操服のゼッケンをお願いしてくる。当日の朝に、いつもとは違う電車に乗ることを告げてくる。そういった他の家族のアクションやスケジューリングに影響を与える情報は、遅くとも前日に、はっきりと言語化して、直接伝える、という基本ができていない。いや、この辺りを実は誰も教えてくれないのです。自ら身につけていくしかない。下手すれば、就職しても、こういった相手の都合を想像するコミュニケーションができない人がいる。

セックスレス

たぶん、fmj ではセックスについては書きませんでしたが、今回は、久しぶりということもあり、特別にかといって力まずにフラットに書いてみます。
よくあるセックスレスについては、最近、読んだ紗倉まなさんの次の言葉がど真ん中のストライクでした。

「相手から誘われること、相手とセックスを楽しむことに期待しない。相手が何を言い、理由をつけて拒否をされても、なるたけ落胆しない。あなたが好きだから、あなたとセックスしたいから、あなた以外ではだめなのだとパートナーに伝え続ける。そして、自分から誘い続ける。たまにセックス出来たら、そこに絶対的な幸せを感じられるように意識してみる。」
「大半の人間はセックスレスから逃れられないようになっている」紗倉まなが出したセックスレスの結論

あなたじゃなきゃ駄目なんです。浮気とか、不倫とか、したくない。あなたとセックスしたいんです。そういった率直なコミュニケーションをとればいいと思います。それで、拒否されても、凹まなくていい。あるいは、凹んでも落ち込んでもいいので、一回深く落ち込んだら底を蹴って再度浮上する。浮き上がったら、もう忘れている、という感じでいいんだと思います。そして、馬鹿みたいに、また、機会をとらえてアタックするのです。ノーガード戦法の打たれ強さが必要になります。
セックスレスの問題は、生物的な男女のギャップもあると思います。そこをどうクリアしていくか、それもコミュニケーションの問題と言えるでしょう。
そして、これはまあ酔っ払いの蛇足のようなものですが、セックスレスは、九鬼周造が言うところの「いき」になり得ると思いました。要するに、セックスする可能性を「諦め」とともに超越するところに「いき」があると。そう考えると、レスでもいいじゃんと。

真理は普通のこと

コミュニケーションが大事、という普通のことが真理なのでしょう。夫婦、パートナーの少なくともどちらかが決して諦めずにコミュニケーションをとる意志を持ち続けること。もちろん理想は両方に意志があることでしょうが。
ここで、ドラマ『コウノドリ』から発生した「#うちのインティライミ」という Twitter のタグ、そこに未来は無いよなあと思いました。炎上しないか少し不安ですが、話を進めると、このタグを使って無神経な夫を愚痴って共有したって、未来が無いんですよね。コミュニケーションの方向を見失っている。それって、夫に言うべきことじゃないの? そう言うと「今まで散々、夫にには伝えてきたが駄目だった」という反論が来るのは容易に想像できます。そうです、このタグを使っているお母さんたちは、もう夫とコミュニケーションをとることを諦めてしまっているんです。しかし、安西先生に言わせると「あきらめたらそこで試合終了」なんですよね。諦めてはいけない。そうすると、今度は「なんで私だけが」といった反論が来るんですが、そこには思考の罠があります。なぜ平等を求める?家事の分担もそうですが、負担の平等思想に陥っている。これ学校教育の問題でしょうけどね。大事なのは自分を第三者的な視点に置いて、平等かどうかを判定することではなくて、自分はどうするか?どうしたいのか?という考え方。そこで諦めずにコミュニケーションをとり続けることが大事だと思います。たとえば、セックスレスの問題だと、夫が粘り強さを持ち続けることが必要な場合が多いと思います。その時に「なんでいつも俺が誘うんだ、平等に妻からも誘うべきだ」というとそのおかしさもわかりますよね。「なんで自分だけが」という思考が出てきたら、それは罠だと思わないといけません。

長くなりましたので、この辺で、パートナーとのコミュニケーションを諦めてはいけない、という普通のことにたどり着いた話でした。
久しぶりの fmj でしたが、いつもどおりに今リアルに考えていることについて書いてみました。

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子育てサラリーマンブロガー。妻一人、子ども三人。著書『Androidスマホ&クラウド「超」仕事術』(C&R研究所)。Android使い(ZenFone2 laser、Nexus 7)。ライフハック、GTD、ジブン手帳mini、トラベラーズノート、測量野帳、MacBook Air。文学部出身、夏目漱石『草枕』。音楽は1990年代のロック中心でできています。

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