とし
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手紙


フリー写真素材ぱくたそ

『この手紙を読んでいるということは、ついに見つけてしまったんだね』

その手紙は、こんな文章ではじまっていた。

手紙を見つけたのは、ほんの偶然だった。クリスマスにむけてサンタさんにお手紙を書いて(今年のクリスマスプレゼントは、2歳児がお気にいりの汽車の押し車だ)、ひと息つこうとしたときだ。コーヒーをしまっている棚のうしろに、なにかが引っかかっているのが見えたので、僕はそっと手を伸ばした。

あやうく棚のうしろに落ちてしまいそうな手紙をかろうじてすくいあげて、いまこうして読んでいるというワケだ。

『いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞き、いや、読みたい?』

なんだ、このハリウッド映画みたいなノリは……。僕は苦笑いしながらも「もちろんいい知らせからだ」とつぶやいた。僕が話しかけたと思ったのか、2歳児が「おうっ?」と返事をする。僕は「なんでもないよ」と声をかけ、ふたたび手紙のさきに目をむけた。

『やっぱりいい知らせを選んだね』

手紙はそう続いていた。まるで僕のことをよく知ってるみたいな口ぶりだな……。

『いい知らせというのは、こうだ。キミの横で汽車の押し車を楽しみにしている2歳児が、《今年は》自分でサンタさんに手紙を書いたということだ。しかも、漢字交じりでね』

いったいこいつはなにを言ってるんだ? 《2歳児》ってだれのことだ? それに、《今年は》って、いつの話なんだ?

『小学校での一年生ライフを、とても満喫しているよ。勉強も楽しいみたいで、宿題を自分からしてるんだぜ』

2歳児って、まさかこの子のことか? 僕はチラリと2歳児に目をやった。絶賛イヤイヤ期で、イヤイヤがはじまると手がつけられないこの2歳児が、宿題を自分からやるんだって?

『そう、その2歳児が、だよ』

僕は、いつの間にか手紙と会話をしていた。

『ごはんはいろんなものをたくさん食べるし、一度寝ると朝までぐっすりなんだぜ』

好き嫌いがおおくてぜんぜん食べてくれないし、なかなか寝なくて夜中になんども抱っこで寝かしつけしないといけない2歳児が?

『そう、その2歳児が、だよ』

手紙はさっきとおなじセリフを繰り返した。

それが本当なら(手紙には不思議な説得力があって、僕は半分信じかけている。そうあってほしい、という願望かもしれないけれど)、たしかにいい知らせだ。きっと、ずいぶん育児の悩みが減っているだろうという期待が持てる。

イヤイヤ、まてよ。まだ悪い知らせが残っているんだった。

『まあ、そう固くなる必要はない。悪い知らせにはちがいないけど、絶望的な知らせではないんだから』

それもそうだ。わたしはうなずきながらさきを読んだ。

『悪い知らせとは、こうだ。残念ながら、育児の悩みはいっこうに減らない』

えっ、なぜ? だって、イヤイヤ期は終わるし、ごはんはよく食べるし、夜もよく寝るんだったら悩み事なんてなくなってるんじゃないの?

『残念ながら、育児はそう単純ではなかったんだ。子どもの成長とともに解決する悩みもあれば、あたらに発生する悩みもあるのさ』

そういうものなのか。僕は思わずため息をつく。

『不安にさせてしまったかな?』

ああ、不安だらけだよ。

『そんなキミにひとつアドバイスがある』

おっ、さすが僕の気持ちをよくわかってくれるだけのことはある。アフターフォローもバッチリだね。

『大切なことは、人とくらべないことだ。家族構成、金銭的余裕、地域、年代が異なる人と育児のやりかたをくらべたところで、たいていは役にたたない。だってそうだろ? 運転手つきの車があって、ベビーシッターがいて、家事をぜんぶやってくれるお手伝いさんがいる家とくらべることに意味があると思うかい?』

まあ、そうかもしれないけど、ずいぶん極端なことを言うもんだ。

『たしかにさっきのは極端な例かもしれない。でも、人とくらべるっていうことは、大なり小なりそれとおなじようなことなんだよ。それに、ほかにも理由がある。子どもの性格や性質はひとりひとりぜんぜん違うという理由だ。これに関しては、もうすぐキミにもわかるだろう』

ん? なぜ、もうすぐ僕にもわかるというのだろう?

『ふたつめのアドバイスは、人のアドバイスを聞くときは話半分にする、というものだ。もちろん、このアドバイスも例外ではない』

なんだよ、それ!

『人のアドバイスを聞くことは大切だし、アドバイスしてくれるのはありがたいことだ。だから、感謝は全開、話は半分にするといい。なぜなら、さっきも言ったように、それがキミの家庭環境や子どもにあてはまるかどうかはわからないからだ。そうだろ?』

まあ、そういうものかもしれないな。

『それに、生真面目なキミのことだ。ひとつアドバイスがある、と言ったのにふたつめのアドバイスを言ってることも忘れて、真剣にふたつめのアドバイスについて考えているだろう』

手紙の言うとおり、僕はふたつめのアドバイスについて真剣に考えていた。そうか、話半分にっていうのはそういう意味もあったのか。

『最後のアドバイスだ』

僕は苦笑いする。なんだよ、けっきょくみっつもアドバイスがあるんじゃないか。

『育児にたぶん正解はない。みっともなくても不格好でもジタバタしつづけるしかないのさ』

ああ、そうか。身も蓋もないアドバイスにもかかわらず、僕はなぜかホッとした。未来のことなんてわからないんだから、けっきょくはジタバタするしかない、ということなんだろう。未来が、そして正解がわからないということがわかったので、かえって目のまえの現実に集中できるようになるのかもしれないな。

『これでアドバイスはおしまいだ。そしてこの手紙もおしまいだ』

えっ? もうおしまいなの? もっといろいろ聞かせて、いや、読ませてくれよ。知りたいことはたくさんあるんだ。

『それはダメだ。なぜなら、これから先のことは、キミが選んできめていくんだから。子どもたちといっしょにジタバタしながらね。願わくば、納得できる選択でありますように』

これで手紙は終わっていた。僕は手紙をおりたたんで、もとの封筒にしまった。そのとき、封筒のはしに、小さな字でなにか書いてあるのが目にはいった。

『もう気がついているだろうけど、この手紙を書いたのは……』

そのとき、エアコンの風がとつぜん強くなり、僕の手から手紙を吹き飛ばした。手紙はくるりと一回転すると、導かれるように棚のうしろにはいっていった。

あっ! 僕はいそいで棚のうしろをのぞきこんだ。ダメだ。すきまがほとんどないし、この棚は重くて動かせない。きっと、引っ越しをするときでもないと、あの手紙はとれないだろう。

でも、不思議と残念な気持ちはなかった。なぜなら、いつかまたあの手紙に会えるような気がしたからだ。

「とーたん」

2歳児呼んでいる。僕は棚から目を離し、2歳児へとむかった。

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇

「おとうさーん」

7歳児が僕の手元をのぞきこんでくるので、僕は「なんだい?」とこたえた。

「なにかいてるの?」

「ああ、これはね。とくべつなお手紙だよ」

「とくべつなお手がみ? もしかして、サンタさんに?」

「そうだ! そろそろサンタさんにもお手紙をださないとね」

「あのね、お手がみの手は、かんじでこうやってかくんだよね」

「そういえば、昨日書いたサンタさんへのお手紙も、漢字で書いてたね」

「あたちもおてがみかきたーい」

「そうだね。4歳児も書こうか」

「おうっ」

「1歳児はまだ書けないから、お父さんがかわりに書こうね。よし、みんな、あっちでお手紙を書こうか」

僕は、3人の子どもたちをうながして歩きだした。コーヒーを置いている棚のまえを通ったとき、ふと思いだして右手に持った手紙を棚のうえに置いた。

その封筒には小さな字でこう書いてある。

『もう気がついているだろうけど、この手紙を書いたのは……』

〜Fin〜

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とし

関西で、妻と三歳のやんちゃ坊主とゼロ歳の娘と四人暮らしをしています。うつ病により休職したのを機に、育休と思いきり育児に専念。育児を楽しくするちょっとした工夫を紹介していきます。ブログ『はれときどきくもりZ』主宰。 晴れた日も曇った日も人生を充実させることができるような【ちょっとした楽しさ】を取り上げています。@fmj_jp なかのひとです。

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