アキヅキダイスケ
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ファミリーマネジメントの原則はウィトゲンシュタイン的に

ウィトゲンシュタインは哲学者です。有名です。かっこいいです。永井均さんが「画期的な病人であった」と評しているらしいです(原典未確認)。ニーチェの方が、同じ「病人」でも、一般的に解釈しやすい言葉を使っていますね。
ニーチェに「病者の光学」という言葉がありますが、ここでいう「病人」とは褒め言葉みたいなものです。「病人」は「病」を持っているが故に見えるものがあるということです。哲学者としては大事なことです。

子どもと会話しない親

子育てサラリーマンブロガーのアキヅキダイスケです。
先日、Twitterで、

子連れの電車内で、子どもと会話してうるさくさせない親は偉い。一方、子どもがうるさくて時々「静かにしなさい」と注意するだけで会話しない親は駄目だ。

という内容のツイートが、何千とリツイートされていて、
「ああ、これは子育てをしたことない人の意見なんだろうな」
と感じました。
子どもと会話しない親は、電車内だけではなく、ずっとその子どもの相手をしているんです。疲れ果てうんざりして会話しないこともあります。
そういったことに、想像が至らないんですね、経験しないと。
たくさんリツイートされているだけに、自分はちょっと違った視点を提示していきたいなあと思うのです。

私は今、子ども三人の父親ですが、ほとんど「病人」です。
いつも苛々して子どもをしょっちゅう怒鳴っています。
子育てを楽しんでいる「イクメン」ではありません。
それでも日々なんとか子育てをしています。
そんな「病者の光学」があると思うんですね。

ファミリーマネジメントの原則

ファミリーマネジメントジャーナル(以下「fmj」)に参加するにあたって、「ファミリーマネジメントの原則」とは何か?を考えてみました。
思いついたのは、ウィトゲンシュタインの言葉でした。
といっても、はっきりとは思い出せません。
哲学の機能は、定義できるものを定義することによって定義できないものを明確にすることである。
そんな意味の言葉があったような気がします。
これをファミリーマネジメントの原則に応用すると次のようになります。

  • ファミリーマネジメントの機能は、管理できることを管理することによって管理できないことを明確にすることである。


「管理できること」とはタスク管理です。仕事、家事などなど。タスクはGTDなどの手法、スマートフォンなどのツールを駆使することで管理することができます。
そして、「管理できないこと」とは、愛する妻、恋人、子どもたちと過ごす時間と言えるでしょう。こういう時間は、人生そのものの醍醐味であり管理してしまうとつまらないものになってしまいます。子どもと遊ぶ時間をきっちり見積もって計画通りにハプニングも無くタスク管理してプロジェクト完了させることが楽しいとは私は思えません(それが楽しいという人がいてももちろんいいと思います。)。

まあ、この辺の定義は人それぞれでいいと思います。

  • タスク管理を徹底してやることで、家族との時間と心を余裕あるものにすること。


それが私の考えるファミリーマネジメントの機能です。
当たり前のことですが、大事なのは「家族との時間」です。これを忘れないようにしないといけません。fmjの原稿を書くのに忙しくて家族そっちのけでは本末転倒ですよね。
このfmjにおいては、「管理できること」=タスク管理のことを繰り返し書くことになります。「管理できないこと」=「家族との時間」=本当に大事なことについては、それぞれが自由に定義することだと思います。

タスク管理とGTD

以前書きましたが、私はタスク管理の基本をGTDから学んでいます。
とはいえ、実践としてはかなり自己流に変化しています。
それでもGTDの原則というのはあります。

  • タスクを含めた気になることは全て頭の外に出す
  • 信頼できるツールにタスクを入れる

この原則を守っていれば、どんなツールを使ってもいいのがGTDの優れているところです。
私はAndroidスマートフォンを使っています(機種はNTTドコモのXperia arcです)。ToDoアプリでGTDを実践しています。check*padのようなウェブサービスも使っています。加えてアナログツールも併用しています。モレスキンのようなノート、「薄いメモ帳」というメモ帳等です。
複数のツールを併用していても自分の中で混乱が無ければ問題ありません。しかし、タスク管理を始めようという人はまずは一つのツールで始めるといいでしょう。
スタートはシンプルにした方がベターです。複雑にするのは簡単ですが、一旦複雑化した仕組みをシンプルにするのは難しいからです。

 

【編集後記:事務局くらちのりこ】

ひとつの事象だけで、すべてを語ってしまわないように気をつけなければと感じました。

ワタシもこのtweetを見ました。
ワタシは単純なので「うんうん、そうだなあ〜。確かに子どもをほっぽってるときもあるから、次は子どもに話しかける努力をしよう!」と、考えました。当事者でない人が「会話のない親子=駄目親」と見なしてしまう可能性を考えたこともありませんでした。
むしろ、当事者へ「ワタシって駄目な親なのね」とプレッシャーを与えてしまいかねませんね。

ワタシ自身、発信者のひとりとして、何かを語るときは断面のいろんな角度の可能性を考えてからと自問自答しました。

 

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子育てサラリーマンブロガー。妻一人、子ども三人。著書『Androidスマホ&クラウド「超」仕事術』(C&R研究所)。Android使い(ZenFone2 laser、Nexus 7)。ライフハック、GTD、ジブン手帳mini、トラベラーズノート、測量野帳、MacBook Air。文学部出身、夏目漱石『草枕』。音楽は1990年代のロック中心でできています。

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