よしこ
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こどももみている、ほめ方いろいろ

隔週日曜日から隔週金曜日の担当になりましたよしこです。
今年ひとつめの投稿になります。これからもよろしくお願いします。

年も明けて、さてどんなことを書こうかしら、と思っていまして、春に復職される方も多いかな~、と思案していたところ、息子がふとこんなことを言いました。ちょっとハッとさせられました。

「ママ、先生にはね、ふたつのほめ方があるんだよ」
写真_school

「ほめ方」かぁ

わたしは、職種としては完全に「理系」なのですが、人の心やコミュニケーションといったテーマにもとっても関心を持っています。 子育てや人間関係にも役立つなぁ、と思っているひとつの理論に「交流分析」というのがあります。

その中で、「ストローク」という考え方があります。
交流分析はアメリカで生まれた理論で、和訳でのストロークの定義は
「あなたがそこにいるのを私は知っている、という存在認知の刺激の一単位」
・・・むーん、わかりづらいのですが、相手の存在を認める行動・働きかけ、と言い換えてもよいかなと思います。

「ほめる」という話をきくと、わたしはよくこの「ストローク」の話を思い出します。
ストロークには分け方があって、
●肯定的と否定的
●条件付きと無条件
と対になって考えてみたりするのですが、ほめる、というのは、肯定的ストロークにあてはまりそうです。

ほめてそだてよ・・・?

小学校も新学期(あ、息子の通うところは2学期制なので違うのでした、昔と違うのでよく混乱します><)になり、いろいろプリントを持ち帰ってきます。そこに「ほめない子育て」の講演情報がありました。

ん???
子どもの成長には自己肯定感が大切、それを損なわないように、どんどんほめて、といった話はよくみかけるようになった印象があるのですが、今度は「ほめない」なのか~、じゃぁどんどん叱るのがいいのかなぁ、一体どっちがよいのやら><、なんだか難しいなぁ、と思っていました。

興味がわいて、講師の著書情報をちらっとみてみました。
やみくもになんでもかんでも「ほめる」のではなく、「ほめない」で「認めよう」といった感じのことが書いてあるようでした。ふむふむ、なるほど、それも一理ありますね。

そうか、ほめない、からといって、相手を認めないわけじゃないんだ。

 

息子の感じたふたつのほめ方

おっと、ちょっと話がそれてしまいました。そうそう、息子が話した「ほめ方」のことです。

息子の小学校では進級前に1年間の学習成果の発表会というのがあるそうで、今はその準備をがんばっているようです。ひと言ずつ決められたセリフをいったり、学年全員で声を合わせたり、を繰り返し練習したりしているんだそうです。

冒頭に書いた「ふたつのほめ方」というのは、その練習のときに気がついたんだそうです。

息子によると、
・学年のみんなから「やさしい」と評判のベテランの女性の先生と、支援級の女性の先生は、
やさしくて、いつでもよくできたとほめてくれる

・若い男性の先生と、怒ると一番「こわい」という息子の担任の女性の先生は、
きびしくみていて、ちゅういするところはして、それからうまくできるようになってきたらそこをほめてくれる

のだそうです。

いつも朝なかなか起きてこず、まだまだ頼りないと思っていた息子ですが、こちらから話を振ったわけでもないのに、急にいろいろと説明してくれたので、ちょっとビックリしました。
・・・それで、息子はそれぞれのほめ方をどう感じているか、ということに興味がわいてきたのですが、口ははさまずにそのままずっと話を聞いていましたら、

「○○先生(自分の担任)のがボクはいいかな。きびしくてもがんばったところはほめてくれるから。いつでもやさしくほめてくれるのはいいんだけど、『できなくてもほめてもらえるからいっか』って思っちゃうんだよね~」

ですって。そうなんだ、「いっか」って思うんだ(笑)。やっぱり、なんでもほめればいいってもんでもなさそうです。

ほめ方って難しい、でも・・・

うーん、ほめ方って難しい。
「効果的なほめ方」みたいな話にはしたくはないのですが、せっかくよいところをほめたつもりが、それが相手にうまく伝わらない、というのはやっぱり残念なことです。

「ほめない子育て」「息子が感じた2つのほめ方」の2つを通じて感じたことがありました。
それは、もしかすると、大事なのは「ほめ方」ではないんじゃないかな、ということです。

まずは無条件に相手のことを認める、受け止めることが大切で、かつそれが相手に伝わっていること、その前提があってはじめて、いろんなやり方が活かされるのかなということでした。子どもに関わらず、家族でも職場の人でも、相手のことを認めて、それが伝わるように表すことは、できそうでなかなか難しいことですよね。

息子は、担任の先生が自分たちをいつも受け止めて認めてくれいる、と信頼しているからこそ、「きびしくてもいい」と感じることができているんじゃないかなぁと気づき、そのことをうれしく感じた次第です。

編集後記

yoshiko_ポップ2いつまでも小さいと思っていた息子のちょっとした成長を感じて、ハッとした出来事でした。

交流分析の提唱者で精神科医のエリック・バーンは「人はストロークを得るために生きている」とまで言っていたそうです。 ストローク不足になると、その質を問わず(たとえ否定的なストロークだったとしても)、とにかくストロークを求めてしまうんだとか。
親の気を引こうと、わざと怒られる(否定的なストローク)ようなことをしてしまう子ども、というのもストローク不足と言えるのかも。
その辺りのことは、また別記事で詳しくお伝えしたいと思っていますが、ある意味、人はみんな「かまってちゃん」な面があるのかもしれませんね。

ではでは、引き続きfmjをお楽しみください。

 

 

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大阪出身、だんだん東に来ています。家族は、夫と3人の子ども(男・女・男/2005・2010・2013年生まれ)。夫婦共働きで、家事も育児もなんでもこいの夫のおかげもあり、理系研究職を続けています。時間管理や手帳術、ライフハックに興味はあれど、なかなか実践できていません。ここに参加することで、今より少しでも、有意義な時間が過ごせるようになって、家族のハッピーな笑顔が増えたらいいなと思っています。twitter ID; @keimiesoumom

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