ヨシナ
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怒られるからダメなこと

今回から隔週で参加します、447ブログのヨシナです。

日常に起こったちょっとした問題・悩みについて扱っていきたいと思います。三児の父親、まだまだ勉強することがたくさんありますが、FMJでの投稿を通して自分を見つめ直し、より学んでいければと思っています。

はじめての投稿は、子供の叱り方について考えていきます。

ホームで電車を待っているときのこと。
落ち着きがなく走り回っている男の子に母親がガツンとひとこと
「黄色い線の内側にいないと駅員さんに怒られるでしょ!」

スーパーで買い物をしているときのこと。
パンの袋を指でつついてつぶしている子供に親がガツンとひとこと
「お店のもので遊んだら店員さんに怒られるでしょ!」

どちらも子供を叱らなければならない場面で、どちらの親も子供に言うことを聞かせることができていました。だから良かったのかというと、私はそうは思えないところがあります。悪いことをやめさせた、その場を収めたという結果だけみるとよいのですが、少し心配になるところがあるからです。

怒られる理由が理解しづらい
うちの子に同じ叱り方をすると、パパに怒られるからやめておこう、と理解するのではないかと思います。駅のホームや店の売り場であまりみかけることのない駅員さんや店員さんが怒るという場面を想像できる子は少ないと思いますし、実際に怒られている姿を私は見たことがありません。ですから、子供は短絡的に親に怒られるからやめておこうと理解し、後で実際に見かけなかった駅員さんや店員さんを思い出すと親に対してちょっとした不信感を持つのではないかと思います。少し賢い子ならうちの親は嘘つきだと思うかもしれません。ただそれでも、小さいうちはそのくらいの理解でよい、という考え方も正しいことではないかと思います。

いつも怒っている親になりたくない
もし親に怒られるからやめておこうと理解してしまった場合、問題は少し大きいはずです。裏を返せば、親が怒らないこと=やっても大丈夫と思ってしまうからです。こうなると親はいつも怒っていなければなりませんし、親の目の届かないところでは信じられない行動をとる子供になってしまうかもしれません。何よりいつも不機嫌に振舞いたいと思う親はいないはずです。
ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、反抗期など叱られっぱなしの年頃を想像すると、親に怒られる・怒られないが判断基準の中心になることは十分に考えられると思います。

「パンがつぶれちゃうからやめてね」

残念ながら、こんな風にやさしく注意するだけでは伝わらないときがあります。そればかりかおふざけがさらにエスカレートすることさえあります。もしパンがつぶれてたらお買い上げです…。人目もはばからずガツンと叱れる親は立派だと思います(特に今の時代は)。ですが、私は怒られるからダメなことをひとつでも減らしたいと思っています。もしあなたがあなたよりも社会的地位の高い方から何かを禁止されたらどう思うでしょうか? きっとそこに解決策があるのではないかと思います。

時間はかかるけど子供の言葉で理由をきちんと話すとか、時にガツンと怒るけど普段は優しいとか、その場が収まればいいという考え方ではなく、ご自身が納得いくやり方を考えてみることが一番ではないかと思います。

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ヨシナ

二男一女の父。上は小学生、下はまだ赤ちゃん。しっかり者の妻とアバウトな私は、時に釣り合い、時にぶつかり合い。子どもたちには人生を楽しく過ごせるオトナになってほしい、子は親の鏡、だから毎日を楽しく過ごすことが私の大切なお仕事。

2 Comments

  1. こん says

    文章の中で使われている「怒る」と「叱る」の言葉の使い分けってどこで線引きされていますか?

    • ヨシナ says

      感情的になっているかいないかで怒る・叱るを分けています。
      でも、きっちり線を引くのはなかなか難しい部分もあると思ってます。

      テーブルの上の飲み物をひっくり返す(1回目)→叱る
      (2回目)→怒る

      1回目は飲めなくなってしまったことを叱り、2回目は親が叱ったことを聞かなかったから怒るようにしているのですが、この場合の怒るは感情的なフリをして子供の感情に訴えているだけなので、本当は感情的ではないのです。(怒るフリをして叱っている状態)
      また親が感情的でないつもりでも子供には感情的になっているようにしか見えない場合もある(叱っているつもりが怒ってしまっている状態)と思います。このあたりは私の中ではグレーゾーンの部分です。

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