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育児は命がけ?


photo credit: PAKUTASO

 

ブログ「はれときどきくもりZ」の小説家志望ブロガーとし(@toshi586014)です。

わたしは子どもの頃から、ややロマンチストで、単純なところがあります。

漫画や小説や映画で、熱い言葉や感動的な考え方に触れるとすぐに感化されます。そして、それらの影響もあって、育児についてロマンチックな考え方を持っていました。

 

物語が育児に与える影響

 

物語の世界では、しばしば育児についての様々なことが美化されています。

例えば、いついかなる時でも子どもへの愛に満ち溢れた両親が、わが子に蝶よ花よと接します。それに対して、子どもは全力の愛で応えます。イヤイヤしたり、親に向かって反抗したりすることはありません。

さらに、育児の楽しい場面ばかりが取り上げられ、つらい場面にカメラが近寄ることはありません。そこでは、赤ちゃんはいつもごきげんで笑っています。ミルクをよく飲み、大人が笑いかけると必ず笑い返します。決して夜泣きをしたり、オムツからうんちがはみ出たり、ミルクが入った哺乳瓶を叩き落としたりしません。

少し極端な例をあげました。しかし、実際に子どもを授かるまでは、このような『綺麗な育児』を思い浮かべていました。

 

実際とのギャップに驚く

 

子どもが産まれてからは、理想と現実のギャップに驚きました。その様子は、こちらの記事でも取り上げています。

そして、赤ちゃんはかわいいだけでなく、時に憎たらしい。さらに、感情をストレートに表現するので、時に残酷でもある。そんなことを実感しました。

また、気分屋で、すぐに体調を崩して、食べ物や着るものや気温にも細心の注意を払わなければならない。そんな気も体も難しい赤ちゃんのすべての世話をしないといけない。まさに24時間を子どもに捧げるかのような現実も知りました。

しかし、そんなことを感じながらも、心の中にはロマンチストな部分が居座っていたのです。子どもに対して蝶よ花よとしたい自分が、大きな位置を占めていました。

 

アキヅキ流子育て

 

そんな時に、fmjのアキヅキさんが書いたこちらの記事を読みました。

その中から目を引いた部分を引用します。

愛は行動である

加えて私は、子どもへの愛情は具体的な行動だと考えています。 念頭に置いているのは、保坂和志の小説「プレーンソング」に出てくるよう子という女性です。

「準備じゃなくて愛情よ。愛は形なの。えへ」

あれ?確認してみたら、愛は行動、ではなくて、愛は形でした。勝手に脳内変換していましたね。ごみんね。でも、よう子の近所中の猫にエサを配って歩くという行動自体が愛情なんだという見方は間違ってはいないと思います。

わたしは、この部分に違和感を覚えました。

なんとなく、言わんとすることはわかるけど、うーんという感じでした。自分の中でもやもやして、理解できませんでした。それはまさに、わたしの中のロマンチストがそう感じていたのです。

 

あずきちゃんの言葉

 

それからしばらくあとのことです。

わたしは、『あずきちゃんと虹色クレヨン』という小説をブログで連載しています。そして、シゴタノさん(@shigotano)のこちらの記事に影響を受け、あずきちゃんのお話の中で、次のような言葉を書きました。

「ううん、違うよ。命がけでやるっていうのはね、時間をかけてやるってことなんだって」

「わたしたちが生きていける時間は決まってるんだよ。その決まった時間の中で、何かに時間をかけるってことはすごいことなんだよ。だって、それをしたら他のことができなくなっちゃうんだよ。絵を描いたり、友達と遊んだり、本を読んだり、できなくなっちゃうんだよ。だからね。時間をかけてなにかに夢中になるのは大切なんだって。それが命がけの意味なんだって」

この言葉を書きながら、わたしは衝撃を受けました。アキヅキさんの言う『愛は行動である』の意味がようやく理解できたのです。

子どものために行動する。それは自分の時間を子どものために費やす、すなわち、自分の命をかけることに他なりません。

それが命がけの愛でなくてなんでしょうか?

わたしは(自分の)目に見える愛だけしか理解できていなかったのです。

もちろん、子どもに蝶よ花よとするのも一つの愛の形です。それを否定する気は全くありません。むしろ、今でもわたしはそういうロマンチストな部分を大切にしたいと思っています。

しかし、行動することの愛も大切にしたいと心に決めました。

たんたんと育児をする。それは他人からすると__そして、もしかすると自分でさえも__一見素っ気ないと思うかもしれません。しかし、その行動は間違いなく愛なのです。

このことを納得しないまでも理解できれば、自分の育児やほかの人の育児に寛容になれるのではないでしょうか?

この記事が、あなたの楽育児(たのしくラクな育児)のきっかけとなりますように。

 

編集後記

 

火曜日担当のとしです。最近、『時間』『命』『やりたいこと』が、わたしのテーマです。本文でも触れましたが、時間をかける=命をかけることです。そして、限られた時間すなわち命の中で、いかにやりたいことをやるのか考えています。小説を書きたい、fmjやブログの記事を書きたい、家族と過ごしたい、友達と遊びたい……。やりたいことはたくさんあります。どうやってそれらを実現していくか?そのための方法を模索しています。いつかこの場で、自分の人生を生きるための方法論をお話できるようになればいいなと思いつつ、この記事を締めくくります。

それでは、引き続きfmjをお楽しみください。

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関西で、妻と三歳のやんちゃ坊主とゼロ歳の娘と四人暮らしをしています。うつ病により休職したのを機に、育休と思いきり育児に専念。育児を楽しくするちょっとした工夫を紹介していきます。ブログ『はれときどきくもりZ』主宰。 晴れた日も曇った日も人生を充実させることができるような【ちょっとした楽しさ】を取り上げています。@fmj_jp なかのひとです。

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