よしこ
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『手』をかけてやるということ

隔週金曜日担当のよしこです。
最近、小学2年生の息子への接し方が難しいなぁと感じています。
両親に似てとってもマイペースな息子、あれこれ指示されるのが嫌なのはよくわかるのですが、やはりいろんなことに時間がかかっているのをみると、ついつい口を出してしまいます。

そんなこのごろ、連載コラム「ママも小学2年生」 を読んで、ドキッ。あぁそうかもなぁ、と感じました。
コラムに出てくるように、手を抜いているつもりはないのですが、昨春の小1になったばかりのころであれば、一緒に教科書をみたり、ノートを確認したりしてやっていたのに、今は「時間割はあわせたのか」「鉛筆は削ったのか」と口で言うばかりになっています。2歳の娘なら待ってやれるところを、息子にはついつい指図してしまう。
そして、出すのは口だけ・・・手を出してやることが断然少なくなってしまっています。あ、やっぱり『手』を抜いてますねぇ。様子を見もしないで言葉だけ放り投げてしまうことも多く、反省しきりです。

さて、今回の記事では、詩をひとつ紹介しようと思います。

 

伝わりにくい親心・・・

いやはや、つい口うるさく言ってしまうのは、こちらにしてみれば我が子が学校や外で困らないように、という気持ちがあってのことのつもりなのですが、なかなか伝わりにくいものです。
ふと自宅の本棚で、以前に買った詩集が目にとまりました。たしか2011年の震災直後のCMで流れていたフレーズが入っているというので手にしてみたのだったと記憶しています。

☆ ☆ ☆

 行為の意味

   あなたの<こころ>はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか

確かに<こころ>はだれにも見えない
けれど<こころづかい>は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから

同じように胸の中の<思い>は見えない
けれど<思いやり>はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為なのだから

あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
<心>も<思い>も 初めて美しく生きる
   それは 人が人として生きることだ

「行為の意味」青春前期のきみたちに 宮澤章二

☆ ☆ ☆

<こころ>と<こころづかい>、<思い>と<思いやり>の言葉の理解は、ひとそれぞれかなとも思うので、ピンとは来ない方もおられるかもしれません(と、かくいう私は、こころ と 思い の違いがはっきりイメージしにくいです・・・)。
でも、これを読んでみて思い出したのが、アキヅキさんの「愛は行動である」というフレーズ、としさんの「育児は命がけ?」という記事です。

「心」や「思い」と「行為」の順番については、私としては、たまごとにわとり のようなもので、どちらがあるからどちらが生じる、ということでもないかもしれないなぁと思っています。

黙って「行為」を淡々とやるのもかっこいいですが、やっぱりせっかくやるなら相手にも伝わってほしいなぁ、なんて期待をもってしまう未熟な私は、大きくなったように思える息子にも、まだもう少し『手』をかけていったほうがよいのかも知れないなぁ、と感じたのでした。

編集後記

この1週間は息子と娘が続けてカゼをひいてしまったので、いつものバタバタ感は抑え気味に、無意識のうちにゆっくり接しているのだと思います。この記事を書いていたら、寝支度をした息子が「ママ、まだお仕事あるんだね、がんばってるんだね」と肩に手をおいてきました。
よく忘れてしまって焦って朝読ませている音読の宿題も、出しっぱなしのノートや辞書も、削っていない鉛筆も(しかも今日は筆箱ごと忘れて帰ってきてまして)、イライラと口だけ出しているときだったら、息子も私もどんどんマイナスのスパイラルに入ってしまうのが、布団の中に入ってしまった息子にちょっと声をかけただけで、「あ、そうだった、今やっとく」と進んで取り組んでいました。こちらの少しの心がけで違うもんだなと実感した夜です。

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大阪出身、だんだん東に来ています。家族は、夫と3人の子ども(男・女・男/2005・2010・2013年生まれ)。夫婦共働きで、家事も育児もなんでもこいの夫のおかげもあり、理系研究職を続けています。時間管理や手帳術、ライフハックに興味はあれど、なかなか実践できていません。ここに参加することで、今より少しでも、有意義な時間が過ごせるようになって、家族のハッピーな笑顔が増えたらいいなと思っています。twitter ID; @keimiesoumom

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