蓮花
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【5月19日週】DAY5. 私と上海

こんにちは、養生と手帳とライフログの蓮花(れんか)です。

China-7970 - Shanghai Night Cruise

5年間、行ったり来たりを続けてきた上海から、ペナンにやってきて約2か月。いろいろあった暮らしを、振り返ってみようと思います。

 

始まりは2009年

夫の上海赴任が決まり、勤務先への挨拶と住居探しを兼ねて、初めて中国大陸に降り立ったのが、2009年7月でした。第一印象は‥なんとまぁ、埃っぽい街だろう、と。それもそのはず、当時の上海は2010年に開催される万博に向けて、絶賛開発中だったからです。夫も私も中国語は話せません。当然のことながら、街の人々とコミュニケーションが困難。食事の度に、レストランでは身振り手振りを交えて、なんとか注文。観光客向けの店よりも、地元の庶民的なところのほうが、親身になって注文を聞いてくれるような印象でした。そして、中国の中華料理っておいしいなぁ!と実感しました。当たり前ですけどね。中国なんだから。

 

本格的に上陸

8月から赴任している夫を追いかけるかたちで、その年の11月から本格的に上海での生活が始まりました。相変わらず埃っぽくて、中国語はわからなくて。そして晩秋を迎えた上海は、寒い。日本の関東地方しか知らない私は「これが大陸の気候というものか!」と震えあがりました。

 

アウェイの洗礼

最近、日本へ旅行に来る中国人も多く、たびたびマスコミなどでも取り上げられていますが‥中国人のモラルには、相当苦しみました。トイレが汚い、行列に並ばない、タクシーは遠回りをしようとする、レジはお釣りを誤魔化そうとする、トイレがカオス、ちょっと意に沿わないことがあるとあからさまに舌打ちする、こちらの中国語が聞き取れないと「んあぁ?!」とキレ気味に聞き返される、トイレの使い方が汚い‥枚挙にいとまがありませんが、これでも、ほんの一部です。ほぼ毎日、なにかしらが原因で心が折れていました。家庭の事情もあり2~3ヶ月に1度は帰国していたのですが、毎日毎日、次の帰国を指折り数える日々でした。一時帰国を終えて上海へと戻る時。飛行機の窓から上海の汚い海が見える度に、心が萎えました。それでも、空港に降り立ち、中華料理を食べに行くと、あぁやっぱりおいしいなぁ‥としみじみ思うのでした。

 

2011年の、あの日

私は、長めの一時帰国を終えて、上海へ戻る日でした。朝いちのフライトで昼過ぎには上海に着き、マンションでネットをチェックして地震を知りました。現地で仲良くなった人々は、私たちのことをとても心配してくれました。日本の家は、家族は大丈夫?私たちに何かできることはある?電話をくれたりメールをくれたり。地下鉄の車内に流れる映像ニュースで、日本での出来事が大きく報じられているのをじっと見ていた時。見ず知らずのおばさんが、私の肩をぽんぽん、と叩いていきました。まっすぐな瞳でこちらを見ながら。

 

中国人の心

私は、日本人と中国人の”違う部分”にばかり注目していました。マナーが違う、気配りが違う、道徳が違う‥そんなことばっかり。そんなものは、国を出たら関係ないのかもしれません。日本の常識は、世界の非常識。そんな上っ面ではなく、もっと深いところを知ろうとすることが、真のコミュニケーションなのではあるまいか。未曽有の大惨事に見舞われた日本を見つめる中国人の眼差しに、そんなことを思いました。

 

やられたら、やり返す

とはいえ、人間そう簡単には変われません。そして、相変わらず自由奔放な中国の人々。レジでは「ったく、お釣り誤魔化そうとすんじゃねーよ、バーカ」と(日本語で)毒づき、行列に割り込まれたら「ちっ」と相手に聞こえるように舌打ちをし、タクシーの運転手が違う道を行きそうになったら「んあぁ?!そっちじゃねーだろ!」と怒鳴る。そういう”倍返し精神”を身につけていきました。黙っていて鬱々とするよりも、怒りはその場で発散したほうが、からだにいい。理屈ではわかっていた漢方理論を、発祥の地・中国で実践し、あらためて効果を実感したのでした。

 

ぷちブレイク・スルー?

初めに苦手意識を持ってしまったせいか、私の中国語はなかなか上手くなりませんでした。タクシー運転手とのバトルや、その他生活に必要な文言に関してはノートを作り、外出の際は常に持ち歩きました。にっちもさっちもいかなくなったらノートを見せれば、とりあえず意思の疎通は図れる。自分専用の指さし会話帳のようなものです。

ある日、クリーニング店にワイシャツを持って行った時のこと。そのクリーニング店では、洗わないでアイロンだけかけてくれるというサービスがありました。初めて私ひとりで、そのサービスをオーダーする時。指さし帳に必要になるであろう文章を書き込んで、ドキドキでお店に入ります。ノートを広げて、本当に指でさしながら「~できますか?」とお願いしたところ、私の拙すぎる中国語をじーっと聞いていたお店のおばさんは「はい、よくできました!」と言わんばかりに親指をぐっと立てて、「できるわよ!」と力強く答えてくれました。

 

見ていてくれている

クリーニング店からの帰り道に思ったこと。中国語がうまく喋れなくて、中国の流儀になかなか馴染めなくて。そういう外国人は、ちっ、と舌打ちされて終わり‥なわけじゃない。格好悪くあがいている姿を、なま温かい視線で見守ってくれている人もいるんだ。自分専用指さし帳は苦肉の策だけど、それを「頑張ってる」と思ってくれる人もいるんだ。なんだか新しい世界が開けた気がしました。

 

卒業の日

夫のペナンへの異動が決まった時の正直な気持ちは、「これで中国から離れられる!」というものでした。と同時に、せっかく中国のいいところがわかってきたのに‥もう少し中国語をちゃんと喋れるようになりたかったな‥と、ちょっと残念な気持ちもありました。

 

おばさんからの言葉

最後のクリーニングを受取りに行った日。夫から転勤の件は話してあったのですが、どうしても自分の口から伝えたいことがあったので、日本語で「長い間ありがとうございました」と言い、日本流のお辞儀をしました。最後に「謝謝」と付け加えて。するとおばさんは、「おー、アリガト、アリガト」と日本語で言ってくれました。この人がいなければ、私の上海での生活は、ずっとやさぐれたものでしかなかった。いわば、上海生活の心の恩人。最後にお礼が言いたかったのです。

 

まさかのエモーション

上海を発つ日。空港へ向かうタクシーの中で。車窓を流れる景色を見ていたら、涙が流れてきました。上海を離れるのだ。そう思うと、涙が止まらない。鼻をすすり、しゃくりあげ、最後には号泣。夫は黙って前を見ていましたが、驚いたのが運転手。慌て、動揺している様子が、後部座席からも伺えました。

自分でもわからない

ごめんね、おじさん。私にもわからないんだ。なんでこんなに泣けてくるのか。こうしてタクシーで空港に向かっていると「本当に上海を離れるんだ」と実感する。悲しいのか、嬉しいのか、自分の感情がわからない。ただただ、涙が出てきて止まらないんだよ‥

 

さよなら、上海

空港に着き、チェックインをし、出国を済ませ、いよいよ搭乗。そして、離陸。相変わらず汚い海が、だんだん小さくなっていきます。何度この海を上から眺め「‥汚いなぁ」とげんなりしたことでしょう。もしも、次に上海を訪れることがあったなら、私はついうっかり、こう口を滑らせてしまうかもしれません。

 

「ただいま、上海」と。

 

 

 

 

 

編集後記

1週間読んで頂いて、ありがとうございました。続けての投稿は不安でしたが、なんとか書くことができました。これからもメンバーが交代で、いつもとちょっと違ったfmjをお届けしていきます。来週からのfmjも楽しみにしていて下さいね。私、蓮花の投稿はしばらく先になってしまいますが、養生と手帳とライフログでもでも更新を(細々と)続けています。こちらにも遊びに来て頂けると嬉しいです。

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by

lotas

自分や家族の体調不良がきっかけで、漢方に興味を持ちました。 2008年に国際中医薬膳師試験に合格。 漢方薬だけ、薬膳料理だけ、ではなく、暮らしのすべてが養生につながります。 子育てする人も、される人も、しない人も。 みんなが元気になれる”暮らしのヒント”をお伝えしていきます。

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