アキヅキダイスケ
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徒然なるままに1999年頃の話

はいさい。アキヅキダイスケです。
2日目です。今日は下書きもテーマ設定もなく徒然なるままに書きます。小見出しは無いと読みにくいかな?

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photo credit: johanlb via photopin cc

昨日は、ブログを将来、自分の子どもが読む可能性について書きました。
何を子どもに引き継ぐのか?ということはよく考えます。現時点の結論としては、子どもは勝手に親から引き継ぐのであって、それは親はコントロールできないのではないかと。親にできるのは、材料や環境の提供だけではないか。その一つとしてブログもあります。他にノートのメモや日記もそうですね。しかし、ノートの場合、私が死ななければ子どもも読まないでしょう。私が平均寿命ぐらい生きれば、ノートを読む時には子どももいい年齢になってしまっています。孫がいたら、渡してあげるといいかもしれません。しかし、それは子どもたちの判断です。まあ、日記を読んでもバンドも不倫も覚醒剤も革命も無い、まったくロックではない人生ですけどね。
ブログに話を戻せば、このfmjも含めてあくまで自分のために書いています。書いて公開することは、自分の思考の整理になります。また、精神衛生上の効用もあります。
さらに公開することで、思いがけない人に読んでもらい、ウェブの連載や単行本の出版にも繋がりました。自分の世界が広がりました。その自分のために書いたブログがもしかすると子どものためになるかもしれない、という程度です。

さて、2012年に本を出版したことは、思いがけないことでした。私を選んでくれた編集者の注文に応えながら、今でも古くなっていない考え方を入れられていると自負しています。自分の名前の本が国会図書館に所蔵されている、それだけで満足感があります。印税的には少ないものでしたし、ベストセラーにもなりませんでしたが、十分です。以後は「余生」となります。この感覚は1999年にも感じました。

1999年と言えば、ノストラダムスの年でした。24歳でまだ大学に居残っていた私は、7月に破滅的な何かが起こることを予定に入れていました。しかし、何も起きませんでした。そして、以降の私の人生は「余生」となったわけです。BGMとしてはLONG SEASONのフィッシュマンズ、世界の終わりのミッシェル・ガン・エレファント、そしてベル・アンド・セバスチャンでした。1990年代のロックは今でも自分の心の柱となっています。
この余生感は、自分に自由をもたらしました。この時期、妻となる女性とは離れていたので自由でした。就職のことも考えていませんでした。今思えば、もっとしっかり修士論文を書けばよかったかなあと思っています。自由な精神と時間はたっぷりあったはずです。論文のベクトルは今でも正しいと思っていますが、強度、調査、色々と不足していました。ちなみに夏目漱石の『草枕』を題材に、その作品の中心概念である「非人情」が精神衛生的な機能を持っているという論旨です。ちょっと文学の論文としてはアカデミックではないような気がします。現代思想を読みかじった悪影響があったかもしれません。

うーん、ファミリーマネジメントっぽくありません。もしこれを自分の子どもが若い時に読んでいるとしたら、もし大学生になったらその時間のintensity、つまり強度や集中力を高めて過ごして欲しいと思います。形態は色々あるでしょう。強度の高いナマケモノというあり方もあるはずです。ドゥルーズ+ガタリの「速くあれ、その場を動かぬときでも」という言葉を思い出します。入学して1~2年遊んで、それから就職活動という学生生活ではもったいない。

intensityという言葉は、2014年の現在、アトレティコ・マドリードのサッカーについて使われています。スペイン・リーガエスパニョーラ制覇は見事でした。巨人、阪神を押しのけて広島が優勝したようなものです。もうすぐブラジルワールドカップの初戦をむかえる日本代表もintensityが高いプレーができれば予選リーグ突破できると期待しています。

サッカーは1985年のTOYOTA CUPでプラティニの幻のボレーゴールとその後の涅槃像に衝撃を受けて以来、観る専門です。最近は地元鹿児島のクラブチームをスタジアムに行って応援するようになりました。長男を連れて行きます。長女は、サッカーに興味が無いようで連れて行かなくなりました。男女差ってのは確実にありますね。親が誘導しなくても、幼稚園ぐらいになると自ら男女を自己規定するようになって、趣味や考え方をどんどんインストールしていくみたいです。長男は将棋教室に通っています。長女はピアノ教室。次男にはサッカーをさせたいと妻は言っていました。一人くらいは運動をさせてみたいと。しかし、子どもは親の思い通りにはなりませんよね、本当に。見守ることが第一の役割だと考えています。

さて、明日は何を書きましょうか。

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子育てサラリーマンブロガー。妻一人、子ども三人。著書『Androidスマホ&クラウド「超」仕事術』(C&R研究所)。Android使い(ZenFone2 laser、Nexus 7)。ライフハック、GTD、ジブン手帳mini、トラベラーズノート、測量野帳、MacBook Air。文学部出身、夏目漱石『草枕』。音楽は1990年代のロック中心でできています。

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