坂根
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【坂根week】DAY3.人生がときめく片づけの魔法 – 積ん読対策

島根の司法書士、坂根(@sakane0958)です。
多くの読書家が頭を悩ませている「積ん読」状態の本の山。
人生がときめく片づけの魔法」ではどのような対策が紹介されているのでしょうか。

積ん読はいったん処分してしまう

そしてこの未読本が「一度読んだ本」に比べてやっかいなのは、圧倒的に捨てにくいこと。
(中略)
捨てられない理由を聞いてみると、私の「片づけ想定問答集」定番の「いつか読みたいと思っているから」。
でも、恥ずかしながら、私の経験も含めて断言します。その「いつか」は永遠に来ないのです。
人に薦められた本であっても、ずっと読もうと思っていた本であっても、一度読みどきを逃してしまった本は、この際、すっぱりあきらめましょう。買ったそのときは読みたいと思ったのかもしれませんが、結局、読む必要はなかったということを教えてくれたのがその本の役割だったのです。途中まで読んだ本も最後まで読み切る必要はありません。その本の役割は途中まで読むことだったのです。
だから、未読の本はすべて捨てる。何年もほったらかしの未読の本よりも、今読みたいとピンときた本を読んだ方が、断然いいはずです。(P124,125)

積ん読状態になってしまう本とは、そもそも縁が無かったという考え方ですね。
ほとんどの積ん読本は、読まなくても困らない本というわけです。そして、本当に必要な本なら、また巡り合いがある。

本を捨てて初めて、その勉強に対する自分の情熱がわかります。捨てても何も変わらなければ、それはそれでよしとしましょう。捨ててもまた本を買いたくなるほどであれば、また買ったときに今度こそ勉強すればよいのです。(P127)

積ん読を処分すると情報の感度が上がる

それから、これは最近感じることですが、本を手元にストックしすぎないほうが情報の感度は上がります。つまり、自分にとって必要な情報にピンと気がつきやすくなるのです。これは、とくに本や書類をたくさん捨てていただいた多くのお客様から聞くことでもあります。
本はタイミングが命。出会ったその瞬間が読むべき「時」なのです。その一瞬の出会いを逃さないためにも、手元には本を置きすぎないことをおすすめします。(P130)

積ん読が貯まっていると、新たに目にした「読みたい」と思えた本に、二の足を踏むことが増えますよね。
身軽であると、そういった躊躇がなくなる。
読みたい時に読みたい本を読み始められる。
「先にあの本を読まなきゃ」という足枷から解放されることで、情報の感度が上がるのだと思います。

我が家は今のところ本棚が足りないような状況にはないのですが、本書を読んで本棚の整理をしたくなりました。

kindle内の積ん読をどうするか

紙の本は、捨てるなり古本屋に売るなりして処分すれば終わります。
でもkindleの場合、どうしたものでしょうか。
kindle内に滞留している積ん読本は、場所をとるわけじゃない。でも足枷としては機能しますね。

可能なら権利を放棄して削除するのが一番いいのでしょうね(今のシステムでそういうことができるのかどうかわかりませんが)。
私はまだそこまで思い切れないので、とりあえず端末から削除して見えなくしてみようと思います。
多少は身軽になるかもしれません。

または、kindleに関しては「積ん読が貯まっていても、一番読みたい本から読む」という運用を遵守したらいいのかもしれません。
自由に読みたいものから読む読書、理想ですね。

自炊という選択肢について

本をスキャナーで読み取って、PDF等にして読む方の自炊の話です。
ちなみに、本書の中では自炊については出てきませんが、私は自炊について一家言ある人間なので触れてみます。

[司法書士試験]自炊のススメ – 本棚を丸ごと持って自習室へ行こう
自分のブログで書いた自炊記事です。

片づけ、本というキーワードを考えると、自炊は良い選択肢のように思えます。
でも、おそらく著者は自炊は薦めないのではないでしょうか(勝手な推測です)。

一つには、自炊には結構な手間がかかるから。
捨てたり古本屋に売る方が断然片づけが早く終わります。

そして、積ん読を自炊すれば「いつでもどこでも便利に読める」ようになるかもしれませんが、「読む時間」を先送りしているだけ、とも言えます。
未来の「読書時間」を拘束する足枷は外れないので、情報感度が上がる、という効果が生まれません。

個人的には「場所の確保」というだけの理由で自炊するより、さっさと読んでしまって処分する方が理に適っているのかな、と思います。

ほとんどの人には部分的な自炊すら不要?

本書の中で「ときめき度がそこそこのレベルの本」を心おきなく手放す方法についての考察が書かれています。
少し長くなりますが、大変興味深い試行錯誤だと思うので、引用します。

そこで始めたのが、「本のカサ減らし片づけ法」。要するにこれらは、本全体というより、一部の情報やハッとした言葉をとっておきたいだけ。だったら必要な箇所だけ残して、あとは捨ててしまえば問題ないはずと考えました。
心に響いた言葉や分をノートに書き写して、オリジナルノートを作ることにしました。これを続けたら、自分だけのお気に入り名言集みたいなものができあがって、あとで見返したときに興味の軌跡がたどれておもしろいかも、と思ったのです。
(中略)
しかし、始めたとたんに面倒くさい。(中略)一冊の本に10か所も好きな文章があれば、かかる時間は少なく見積もっても30分。これが約40冊分あると思うと、軽くめまいがしてきました。
そこで次に試したのがコピー。お気に入りの言葉が書いてあるページをピピッとコピーすれば、一瞬で名言が抽出可能です。コピーした紙をノートに貼ったら、それで完成。ところが、実際やってみると、これすらおっくうなのです。
結局、該当のページを直接破る方法に落ち着きました。さらにはノートに貼るのも面倒になり、破ったページをそのままファイルに入れるまでに簡略化。これなら一冊五分もかかりません。無事、40冊ほどの本が処分でき、お気に入りの言葉もしっかり残すことができて、大満足の結果となりました。
ところがです。「本のカサ減らし片づけ法」から丸二年がたち、ふと気づいたことがありました。それは、結局一度もそのファイルを見直していない、ということ。つまり、私がやっていたことはたんなる気休めに過ぎなかったのです。(P129,130)

この試行錯誤の中で行われていることは、電子化こそしていないものの「部分的な自炊」の思想だと思うのです。
ちなみに、本を破るという発想は私には無かったので、とても斬新に感じました。
そして、究極的な省力化としての「しない」という結論。

この考察の中で私が面白いと思うのは、「面倒くさい」ということを重視していることです。
私は「面倒くさいことは続かない」という信念を持っている人間なので、こういうところにとても共感するわけです。

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島根県在住の司法書士。同郷の妻と子供2人(4歳男児、3歳女児)と暮らしています。自称おしどり夫婦。妻とは職場も同じです。 Evernote/TaskChute/Toodledo/RTMなどのクラウドツール、タスク管理ツールに興味あり。スマートフォンはAndroid。 ブログ「流れるような一日を」http://fluentlife.jp/ モットー「習うより慣れよ」。

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