アキヅキダイスケ
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妻とはビジョンを共有できなくてもいいと思う話

こんにちは。アキヅキダイスケです。
今回は試しに「である」調でダイレクトに書いています。それでは。
なお、以下で「彼女」と書いている場合は、「妻」を指します。

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妻とはビジョンを共有できないと思う。
たとえば私は子育てに参戦するのに、主婦である彼女は私の仕事には参戦しない。なぜだろう?私のプレゼンが足りないせいはあるにしても。私の仕事や稼ぎに対して彼女がどう考えているのか不明である。それはその方がいいのかもしれない。お互いに知らなくていいことは多い。

しかし、どうしてもビジョンを共有する必要があることが結婚生活にはある。たとえば家を買うこと。
私は賃貸派であり、35年ローンは勘弁してくださいと思っている。それは彼女にも共有してもらわないといけない。本当はどう考えているのか?わからない。ちなみに彼女の実家は持ち家であり、育ってきた環境は大きい。私だって、自分の家が欲しい、という気持ちはある。しかし、今の日本の住宅価格は土地代も含めて高すぎるということ。また、いざという時に引越しができる賃貸の自由さを確保しておきたい。そういうことは常々のプレゼンによって彼女に理解してもらって共有した方がよさそう。

また、子どもについて、意識しておかないともう一人子どもが増えるかもしれない。そういう可能性について、彼女がどうかんがえているのか?情報が増えることで彼女の妊娠から出産について、だんだんと怖くなっている自分がいる。

今でも彼女のことはわからないことが多い。しかし、見るドラマの趣味が理解できなかったり、セロリが好きだったりしても問題無い。韓国ドラマについては、時々、自分もハマって見ることがある。それで十分。すべて共有する必要はない。時々共有できればいい。

そういうことは多々あるが、日々の結婚生活は続いていく。折衝の連続。
しかし、ビジョンを共有できない他人だからこそ、今でも彼女に対する欲望が起きる。ビジョンを共有してしまえば性欲も無くなる気がする。
彼女が理解できないからこそ、自分のモノにしたい、つまりセックスしたいと思う。そういう仕組みはある。コミュニケーションとしてのスローセックスみたいな考え方はわからないではない。しかし、特に男側の性欲には身も蓋もない所有欲に近い要素があると思う。その場合、彼女が自分のモノではない、という点が発火点になる。
結婚して、子どもが生まれてもセックスレスにならないためには、ビジョンを共有できない緊張感がある方がいいかもしれない。

彼女とビジョンを共有できていない、と書いたが、心は通じている。時々、その点は率直に確認している。たぶん、私より彼女の方が心が強い。だから、私が彼女の心を理解されすればいい。彼女にとって私はわかりやすい存在だろう。

妻と同じ方向を向いて人生を歩んでいく、というのは一見理想的だが、少しベクトルをずれている方がいいんじゃないかと思った。その方が緊張感があって刺激的だ。ずれた2本の線からできる平行四辺形の対角線。それが家族として向かう方向になる。

ビジョンは共有できなくても、優れたチームを作ることはできる。仕事でも家庭でもそれは同じだと思う。というわけでファミリーマネジメントが重要になる。それが今回の結論。

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子育てサラリーマンブロガー。妻一人、子ども三人。著書『Androidスマホ&クラウド「超」仕事術』(C&R研究所)。Android使い(GALAXY Note II、Nexus 7)。ライフハック、GTD、トラベラーズノート、測量野帳、MacBook Air。文学部出身、夏目漱石『草枕』。音楽は1990年代のロック中心でできています。

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