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しゅんたのかみひこうき《後編》

なつやすみ企画(きかく)しゅんたシリーズ 《しゅんたのかみひこうき》・後編(こうへん)

ぜんかいの あらすじ

 しゅんたは かみひこうきのすきな しょうがくせい。
 おりかたの ほん も もっているけど、おととい、おとうさん・おかあさんのパソコン(ぱそこん)を かりて、インターネット(いんたあねっと)で あたらしいおりかたを しらべていました。

その きにいったサイト(さいと)のことを、おとうさんに はなすと、おとうさんは、
「あの『ひこうきだいすき』のページ(ぺえじ)をつくってるひとは、おとうさんの しりあいなんだ。
 おなじ ごちょうないにすんでいるから、 あいにいくことができるけど、どうする?」

 ということを いってくれました。
 もちろん、しゅんたは、
「あいにいってみたい」
 と、おもいました。
 そして、きょう。しゅんたとおとうさんは、そのいえにやってきました。
 さあ、あの ひこうきのサイト(さいと)をつくっていたのは、どんなひとなんでしょう?

▼ ここから おはなし ▼

「やあ、いらっしゃい、たかみねさん。きみが しゅんたくんだね。いらっしゃい」
 しゅんたとおとうさんが げんかんにはいると、しかくいかおのおじさんが にこにこしながら でむかえてくれました。

 しかくいかおが、おとうさんよりも すこし よこはばがひろいです。としも すこし、おとうさんよりもうえかもしれません。でも、「おじいさん」ではありません。

 しゅんたは、
「こんにちは」
 と、あいさつをしてから、いえのなかを みわたします。まだよくしらないおとなと はなすのは きんちょうしましたが、おとうさんのうしろなので、いちおう へいきでした。
 
 
 
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(おもったより、ふつうのいえなんだな……)
 と、しゅんたは おもいました。
 すくなくとも、いえぢゅうの てんじょうから いとで かみひこうきが ぶらさがっていたりは しないし、かべぜんたいに ガラスケース(がらすけえす)にはいった かみひこうきが かざってあったりもしません。

 げんかんには げたばこがあり、おくに つづく ろうかのかべには、りょうがわにドア(どあ)がみえます。おくにみえる かいだんの き の いろのかんじは、おしょうがつにいく おじいちゃんおばあちゃんの うちとおなじくらいの むかしのいえのかんじがしました。
「あ、どうぞこちらへ」
 おじさんが、へやの ひとつにふたりを あんないしました。

「へえ」
 ひとのうちの へやをみるのは なんだかドキドキ(どきどき)しました。でも、へやのなかにも、ひこうきが やまもりということはなく、ちいさなテーブル(てえぶる)とパソコン(ぱそこん)、ほんだなが あるくらいでした。

 おじさんは、しゅんたとおとうさんに ざぶとんをすすめてから、おしいれのほうに あるいていき、なかから いくつかのかさなった ケース(けえす)をだしてきました。

「あっ、これ『しかくひこうき』だ! こっちは『フライングイーグル(ふらいんぐいーぐる)』!」
 しゅんたが いえのパソコン(ぱそこん)からみていた しゃしんのひこうきが いくつもでてきました。どれも、おりめがピシッ(ぴしっ)と かどにあつまっていて、いかにも めいじんのおった かみひこうきなのだということが わかります。
 
 しゅんたも、おるときはていねいに おっているつもりですが、はねがたるんだり、おりせんが まがっていたりしたんだな ということが、おじさんのだした たからもののような ひこうきをみると わかります。
 
「いま、おったまま とってあるひこうきは、これだけでね。あんまり いえぢゅうに ひろげると、つまが こまったかおを するからね」
 と、おじさんがいいました。
「がっかりしたかい?」
「いえ! あ、あのインターネット(いんたあねっと)のページ(ぺえじ)も、このへやでつくっているんですか?」
 しゅんたは ひとつ、おじさんにきいてみました。
 むねがどきどきしています。

「うん、そうだよ。あたらしいひこうきをかんがえるときは、いろいろな おりかたのアイデア(あいであ)を、じっけんして けんきゅうして、そのあと なんどもじっさいにとばしてみるんだ。
 それで よくできたものは、じぶんでおぼえておくためにも、つくりかたをていねいにかいて、インターネット(いんたあねっと)に おいているんだ。
 このパソコン(ぱそこん)でね」
 そういって、おじさんは つくえのうえのパソコン(ぱそこん)をゆびさした。

(へええ。おとうさんやおかあさんが、いつもつかっているパソコン(ぱそこん)と ちがいないや。これで、あのきれいでくわしいページ(ぺえじ)が、つくれちゃうのか)
 しゅんたは、すこしふしぎなかんじがしました。

「これが、いまいちばん きにいっているひこうきだよ。これも、あとでサイト(さいと)にのせておくね」
 おじさんは はこのひとつを あけながらいいました。
 はなす おじさんのたのしそうなようすも あわさって、そのしんがたひこうきは、とてもとくべつに みえました。



「あっ、ほんとうに、あのひこうきのおりかたのページが、サイト(さいと)にふえてる!」
 つぎのひ。しゅんたが、またおとなのパソコン(ぱそこん)をかりて、『ひこうきだいすき』をみていると、あたらしいリンク(りんく)がふえていました。
 
 おりかたのせつめいの しゃしんでは、きのう しゅんたたちのまえで うつしていたしゃしんも、つかわれていました。
「ふしぎだなあ。こんなひこうきを かんがえられるひとが、ほんとうにいて、こういうサイト(さいと)を、ふつうのひとが つくれるのか」
 きのうは、あのあとも、『2だん なかおりおり』のおりかたを じっさいにおしえてもらったり、まっすぐなおりめを つけるときには、じょうぎをつかって おることを おしえてもらったり、すごくたのしい じかんでした。
 
 
 
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 そんなことを しゅんたがかんがえていると、おとうさんが しゅんたのよこで いいました。
「おお、しゅんた。パソコン(ぱそこん)、まだみる? はたなかさんのページ(ぺえじ)、おもしろい?」
 しゅんたは、あれ? と、おもいました。
「おとうさん、あのひとは『ひこーじ』さんじゃないの?」
「……?
ああ、あのひと、ほんとうのなまえは、『はたなか』さん。
 〝ひこーじ〟というのは、『ひこうき おじさん』を みじかくちぢめてつくった、あのひとの あだななんだ。

 ネットをとおしたせかいも、ふつうのまちと おんなじで、うっかりしてひとに あぶないことをしたり、こっそり わるいことをしようと ちかづいてきたりするひとも いるから、にほんでは、ネット(ねっと)でかつやくするときには、あだな だけつかうひともおおいんだよ」
 また、おとうさんのはなしが ながくなってきました。
「まあ、はたなかさんは、けっこうゆうめいになってしまったから、ほんとうのなまえは わかっちゃうとおもうんだけどね」
「ふうん。あ、そうだ。おとうさん、かみ、ない? あと、じょうぎ!」
「ん? かみ? あるよ。どうして?」

 おとうさんが、しゅんたにかみを わたし、じょうぎをさがしながら ききました。
「この あたらしい かみひこうき、さっそくおってみる!」
「おっ、おお! そりゃいい」
 あたらしいことを はじめるのは、いつだってワクワク(わくわく)するので、だいすきです。
しゅんたは、おとうさんから じょうぎをうけとるとすぐ、おじさんの あたらしいひこうきを おりはじめました。

(おわり)

(きょうは おわり。らいしゅうに つづくよ)

大人の後書き

いっき(@ikkiTime)です。

『しゅんたのかみひこうき』いかがでしたでしょうか。
イラストは、前編に引き続き、Koi-fumiさん(@koi_okasira)が描いてくださっています。
 ⇒Koi-fumiさんのブログ『http://blog.livedoor.jp/koi_fumi/

というわけでこの記事中のcopyrightは、最終的には文章は私いっきに、絵についてはKoi-fumiさんに属しています。

登場人物についての話しを、少し。


しゅんたのお父さんの、やたら説明が長いところは、私自身のくせが物語にわりとのりうつっているところはありますが、しゅんたの方は、必ずしもうちの息子がモデルというわけではありません。

どちらかというと、「いつか、うちの子達がこれを本で読んだときに、心の中で 『よき友人』となってくれたらいいなあ」と思いながら、この物語をつづっている感覚があります。

がくどうっ子なところや、紙飛行機が好きなところは、共通項ですけどね。
そして、こんなお父さん(笑)

「ふつうにありえそうな生活の一幕」を描いていつつ、すこしだけ目新しいやりとりのおもしろさが生まれる。そんな少年と家族たちとして、頭の中にひろがっていってくれるなら、たのしみです。

来週からは、しゅんたのあたらしい物語をまた前後編でお届けしたいと思っています。

ではまた。

いっきでした。

しゅんたのかみひこうき《前編》

なつやすみ企画(きかく)しゅんたシリーズ 《しゅんたのかみひこうき》・前編(ぜんぺん)

前書き

いっき(@ikkiTime)です。fmjでは半年ちょっと、お休みをいただいておりました。(お久しぶりです。)
その間に、fmjの終幕がコールされたりと色々あったわけですが、今回、その最後の夏休み企画として、物語形式で書き進めたテキストをエントリとして公開させていただくことなりました。
個人的には新しい試みで、いろいろ思うことはあるわけなのですが、まずはお楽しみください。
どうぞ。

▼ ここから おはなし ▼

 しゅんたが かぎをあけて いえにかえると きょうもかぞくで いちばんのりでした。ランドセル(らんどせる)をおいて てをあらって、あたりを みまわします。

 ちょっとテレビ(てれび)をみようかとも おもいましたが ほんだなから じぶんのかみひこうきのほんを とりだして、あたらしい ひこうきのおりかたを おぼえようとおもいました。
「どれにしよう」
 きょう、がっこうで ともだちのみんなに、しゅんたは「いかひこうき」と「やりひこうき」のおりかたをおしえたのでした。
 
 じぶんがおしえて、みんながすごいのを つくれるようになるのも すきだったし、じぶんがいちばんすごいのを つくってみせて、びっくりさせるのも すきだったのです。

 がっこうや がくどうに、べんきょうと かんけいのないものを もっていくわけには いかないので、がくどうで ともだちとつくるには、つくりかたは おぼえていないと いけません。

「これ、むずかしいなあ」
 
 
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 しゅんたの かみひこうきのほんには、20も ひこうきのつくりかたが のっています。でも、かんたんなものは もうおぼえてしまったし、あたらしいおりかたは むずかしくて、よんでも よくわかりません。
 
「ただいま」
 きょうの 2ばんのりは、おとうさんでした。
「おお、しゅん、ただいま」
「おとうさん、おとうさん! インターネット(いんたあねっと)でかみひこうきのおりかた、しらべたい」
 しゅんたは、「おかえり」を いうこともわすれて、かえってきたばかりの おとうさんに、おねがいしてみました。

 しゅんたのうちには、パソコン(ぱそこん)があります。おとうさんやおかあさんが、よく せいきょうのかいものを したり、あしたの てんきをしらべたり しています。

 たまに、しゅんたたちのすきな おどりの「どうが」をみせてくれたり、おえかきのできる「サイト(さいと)」であそばせてくれたりします。めいろやぬりえのプリント(ぷりんと)を さがしてくれることも あります。

 おとうさんが、いいました。
「かみひこうきのおりかた か。わかった。パソコン(ぱそこん)で だしてあげる。「きまり」を まもってつかえるかな?」
「もちろん!」
 しゅんたはこたえます。

「きまり」というのは、しゅんたたちの かぞくの4つのやくそくです。スマホ(すまほ)やパソコン(ぱそこん)をつかうときには、これを まもってつかおうね、と きめているのです。



◎なにをするのか、おとなにいってから はじめること(だから、おとながいないときには つかってはいけない)
◎じかんを はかって つかうこと
◎そこで みかけたものを、ほしがったり、かったり、しないこと
◎きかいのなかで ひととあったり、はなしたり するのは、おとながいっしょに やってくれる ときだけにすること



 しゅんたは、かみひこうきの おりかたを しらべて、れんしゅうしたいだけ。もちろん、だいじょうぶ。
 おとうさんが パソコン(ぱそこん)に「かみひこうきの おりかた」と うちこんで、よさそうな ネット(ねっと)のページ(がめん)を うつしてくれました。

「ちがうページ(ぺえじ)にしたいときは、またちゃんと、おとうさんに いうんだよ」
「うん、わかってる」
 しゅんたは、その「ひこうきだいすき」というページ(ぺえじ)のなかに ならんでいる、たくさんの かみひこうきの しゃしんのひとつを えらんで「カチッ」(かちっ)とやって、さっそく おってみました。

「うん、この『しかくひこうき』って、おりやすそう」

 3かいくらい つづけて れんしゅうすれば、おぼえられそうです。
そのとき、がちゃりと おとがして、
「ただいまー」
 げんかんのほうで、いもうとのおむかえをした おかあさんのこえが きこえました。
 しゅんたはそのひ、ゆうごはんがはじまるまで、なんどもそれを おりました。



 つぎのひは、しゅんたはうきうきしたきぶんで、いえにかえりました。あしたが どようびなのが、ざんねんなくらいでした。

 こんなに ふしぎなかみひこうきを しっているともだちは いなくて みんなおどろいていたし、みんなでおったら、しゅんたのおったひこうきが いちばんよくとんだのです。
「やあ、しゅん、きのう おっていたかみひこうき、きょう がっこうでとばしてみたの?」
 かえってきた おとうさんがききました。
 
「うん! すっごくよくとんだ。そんで、おれのがいちばんよくとんだよ!」
「そうか。それはよかったなあ」

 しゅんたはランドセル(らんどせる)から、きょうおったとっておきを とりだしました。
「これなんだけどさ。あんまりとがってないかたちなのに、ふわ〜っと とおくまで、すごくよくとんだんだ」
「ほう! そうなのか。たしかにこれは、ふしぎなかんじだね」
 おとうさんは、ちょっとかんがえるようすです。

「どうかした?」
「うん、じつは インターネット(いんたあねっと)のあのページ(ぺえじ)をつくってるひとは、おとうさんの しりあいなんだ」
「えっ」
「おなじ ごちょうないにすんでいる。だから、しゅんがそうしたければ、いっしょに あいにいくことができるけど、どうする?」

 しゅんたはおどろきました。きのうみていた、「ひこうきだいすき」のページ(ぺえじ)は、かなりきにいっていたからです。

 いままでに あやとりのことやテレビのことを しらべるときにみせてもらった サイトよりも、ずっと さがすのがわかりやすかったし、ちょうどいい むずかしさのひこうきを たくさんしょうかいしてくれていて、せつめいのイラスト(いらすと)もていねいで、なんだかすごいひとが つくっているのが しゅんたにもわかったのです。

 そのサイト(さいと)をつくったひとが、おなじまちにいて、そのひとにあうことができる。
「あってみたい!」
「うん、わかった」
 おとうさんは、にっこりわらっていうと、でんわをかけはじめました。

「もしもし……、あ、はい、そうです。……。はい、では、あした2じごろに おうかがいしますので。よろしくおねがいします」
 おとうさんが でんわをきりました。
「どうだった?」
「いいってさ。じゃああした、おとうさんとしゅんたでいってみようか」
「いいよ!」



 つぎのひ。
 しゅんたとおとうさんは、でかける したくをして、おるすばんをおねがいすると、じてんしゃおきばにむかいました。
「きょうは、じてんしゃでいってもいいの?」
「うん。おとうさんものる。だから、いつもいっている ちゅういはまもって のってくれよ。

 こうさてんでは、とまって みぎひだりをみる。
 おうだんするときは、うしろもみる。
 みちでは はじをとおる。

 そういったことを。
 もう、しゅんたがそれをできるって、おとうさんはしっているけど、もういちどやくそくだ」
「うん、やくそくだね」
 しゅんたはヘルメット(へるめっと)をかぶって じてんしゃにのると、おとうさんについて はしりはじめました。

 ラッキー(らっきい)なことに、てんきのいいひでした。まださむかったけど、かぜがきもちいいです。
 しゅんたは、じてんしゃをうんてんするのが すきでした。ギア(ぎあ)をかえたり ちからをこめたりして、のりこなすかんかくが すきだったし、かぜでスピード(すぴいど)をかんじられるのも、たのしいからです。
 
 こうさてんでとまって みぎひだりをみた しゅんたをみて、おとうさんがいいました。
「うん、いいね」
 おとうさんが、しゅんたをみて いいました。

「なるべく あぶなくないみちを えらんであんないするけど、ゆだんしないで いてくれな。かぎを かけたいえのなかじゃないから、ぜんぶは あんしんできないよ。
 あわてててうっかりしているひとも むこうからくるかもしれないし、こっそりわるいひとも いるかもしれない」
 
 こういうときの、おとうさんのせつめいは ながいよな、と しゅんたはときどきおもいます。でも、もっとうまくなるためには ひつようなアドバイス(あどばいす)だということも わかるので なるべくちゃんと おぼえるようにしています。

「だから、こうしてひとと あうときには、おとうさんかおかあさんが いっしょにいける ときだけに するようにしてくれな」
「それも やくそくだね」
「ああ、そうだね。あとで いつものノートにまとめておくよ。
 って、あっ、ここをまがるよ」
 しばらくそうして ふたりではしり、おとうさんとしゅんたは、いっけんのいえのまえで とまりました。
 
 そして、おとうさんが、そのいえの よびりんをおしました。
 さあ、いよいよあえます。
(あの ひこうきのサイト(さいと)をつくっていたのは、どんなひとなんだろう)
 しゅんたはおもいました。
 
 
 
 
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(きょうは おはなし おわり。らいしゅうに つづくよ)

大人の後書き

しゅんたの物語、第一回、いかがでしたでしょうか。
今回のシリーズで、物語を考え、それを文字にしたのは私いっきです。原案ですね。
そしてその物語が、みなさんのご覧の形になるまでに多くの力を借りています。
まずイラストは、Koi-fumiさん(@koi_okasira)が描いてくださっています。
 ⇒Koi-fumiさんのブログ『http://blog.livedoor.jp/koi_fumi/

公開前のレビュー・アドバイスには、fmjの皆さんの力をおおいに借りています。

ご協力いただいたみなさんに、まずはお礼を。ありがとう!

というわけで、この記事中のcopyrightはfmjのクリエイティブコモンズライセンスだけにかかわらず、文章は私いっきに、絵についてはKoi-fumiさんに属しています。無断での転載はご遠慮ください。

コンピュータやネットのことを子どもにわかりやすく説明したい。

ネットで何ができるのか、大づかみなところを、親しみやすく、物語の形で説明する。

それも、先生役と生徒役がひたすら対談していく形式ではなく、ちゃんとした物語駆動力のある文章で。

そんなことを考えながら、書き始めた文章です。

お金の話や死、性の話。

親しいとなかなか話題にのぼらせにくい話題ってあると思います。

コンピュータとかゲームというのも、そういったもののひとつかもしれません。

もしそういう状況にいる人がいるなら、この物語を話題にすることが、親子の間での話しをするきっかけになってくれたらうれしい。

そんな気持ちで書いています。

それではまた、来週お会いしましょう。

そして養生は続く

こんにちは、蓮花(れんか)です。ここで、こうしてご挨拶するのも、今日が最後になります。
IMG_16701 Read More

激動の日々の拠り所から

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となりで、高熱出しながら眠れず指をしゃぶる息子。
と思ったら、指を入れすぎて嘔吐。
忙しい、と思いつつ洗面所にダッシュ。
息子をじゃぶじゃぶ流しつつ。
旦那さんを起こして布団を洗わせる。

一息ついたら、もう朝。

息子はけろっとして、朝ごはんを催促。
赤ちゃんのころは、どうしていいか分からず一日が長かった。
今では、激動というくらいあっという間に一日が終わる。
そんな激動な時期、fmjを通じて子育てと向き合ったり記録していけたのはとても貴重な体験 だった。

ブログはあるが、怠惰な人間なので息子氏の日々の成長の記録すら忘れていて。
気付いたら、寝落ちたり日々追われて疲れている。
そんな合間に、さらさらと日々は流れていき積み重ねっていく。
息子とふたりでいることも多く、たまに大海原にいかだで投げ出されてる心持ちにもなる。
心細い日もあれば、ボールをかぶっておどける息子に笑わされる日も。
予想外のことばかりで、難破船に揺られ木っ端微塵になりそうな日も。
また、自分のくるしい子供時代を思い出して胸が締め付けられそうになる。

そんなとき、fmjで執筆して読者としても関わっていくと。
日々の積み重ねを切り取って文章にしていくと、喜びも悩みも独りではないのだなと気付かさ れた。

ひとりだけど、独りでない。
ありきたりだけれど、人間を20歳まで育てていくなかでは大事な感覚だ。

ここには、日々を重ねてきたひとたちの叡智が詰まってます。
そんなところに、参加させていただいて本当に有り難かったです。

ここが終わっても、またそれぞれの生活は続いていきます。 家族のステージや形態は、どんどん変わっていくでしょう。 それでも、子育てや家事や生活に行き詰まったとき。 fmjのような、こころの拠り所があるのは救いであり癒しであるなぁと思います。

本当に、お疲れ様でした。

そして、またのんびり更新の日々の食卓からお会いしましょう。

ファミリーマネジメントは続いていくよ

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こんにちは、アキヅキダイスケです。

ファミリーマネジメントジャーナルfmjでの私の記事は今回で最後です。先日、のりさんからアナウンスがあったようにfmj自体が終わります。↓
子育てに寄り添う角度が変わっていく
そこで自分なりのまとめのような記事にしようと思いました。終わりに関係なくいつもどおりの記事にするのもかっこいいなと思ったのですが。
ちなみにアキヅキは4年間で63本の記事を書きました。これが64本目になります。そのうち気が向けば読み返してみようと思います。

このfmjに参加したきっかけは、のりさんに声をかけていただいたことでした。「声」と言っても、実は私とのりさんは直接、会ったことがありません。Gmailを検索してみると、のりさんに最初にもらったTwitterのDMを見つけました。2012年6月27日、ちょうど4年前ですね。「現実的な子育ての視線」を期待されたようです。
参加することは直感で決めました。その直感は間違ってはいませんでした(読み返してみたら、最初の記事で直感について書いていました)。

fmjに記事を書くことで、自分の子育てや家族を客観視する機能がありました。また、他のメンバーの記事を読むことでも、自分のやり方や考え方を相対化できました。「養生」のような新しい思考もインストールしています。
4年間で私は成長できたでしょうか?いえいえ、今でも試行錯誤、右往左往、五里霧中です。アンガーマネジメントもまったくできておらず、日々、子どもたちに怒りをぶつけては自己嫌悪に陥っています。

愛の形、そして家族の形は様々です。このfmjの記事一つ一つも、決して唯一の正解ではありません。記事を読み、自分で考えて、家族を作ってマネジメントしていく必要があるでしょう。日々のアクション、その積み重ねです。それはfmjが終わっても続いていきます(BGMはミッシェルガンエレファントのブギーで)。

fmjに定期的に記事を書くことが無くなることでどういった変化が起こるか楽しみです。書こうとして書けなかったこと(たとえば夫婦のセックスについて)などは自分のブログに書くかもしれません。Simplenoteというウェブ上のノート(メモアプリでスマホやタブレットからもアプリでアクセスできます)には書きかけのネタが複数待っています。締切が無くなるので、自分でモチベーションを作る必要があります。

変化はそれ自体善です(ここを書いた時、「変化は善」と思っていましたが、英国のEU離脱の混乱を見て、必ずしも善ではないよなあと)。だから私はfmjの終わりをフラットに淡々と受け入れて最後の原稿を書きました。

4年間ありがとうございました。

疲労とアロマテラピー

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photo credit: IMG_0292 via photopin (license)å

皆様、ごきげんいかがですか。
さいたか(@sai_taka)です!

先日、梶本修身さんの著書『すべての疲労は脳が原因 (集英社新書)
』という本を読みました。

私たちが「疲れ」を感じるメカニズム、疲労回復に効果のあるものについて等、いろいろ興味深いことが書かれていました。

疲労を感じるのは

脳内の自律神経は、心拍、呼吸、体温の調節など、わたしたちの身体の中の恒常性(ホメオスターシス)を保つため、24時間休みなく働いています。

その自律神経に負荷がかかる状態が長く続くと、それを避けるために疲労を感じるようになっているのです。

たとえば、運動すると身体に疲れを感じるのは、「身体が疲れた」と誤解させて無茶をさせないようにするため。言ってみれば、脳の防御システムみたいなものなのです。

疲労回復に有効なもの

疲労回復について、本には3つのことが書かれています。

1)睡眠

自律神経は、睡眠をとることによって回復します。

睡眠不足の状態が続くと、脳疲労が蓄積して脳が老化し、認知機能が低下するそうです。

2)食べ物

「イミダペプチド」という成分が、抗疲労作用があることが明らかになっています。

この成分は、鶏の胸肉に多く含まれており、一日100g(鶏の胸肉200g)を目安に摂るといいようです。

また、クエン酸も疲労回復効果があります。
一日の摂取の目安は、レモン2個または黒酢大さじ1杯または梅干し2個です。

3)「ゆらぎ」

森林の「ゆらぎ」が、副交感神経を優位にして脳疲労を軽減することが解明されているそうです。

森林に行くと、木漏れ日やそよ風、川のせせらぎ、鳥の鳴き声などを感じますよね。
その「不規則な規則性」が、副交感神経を優位にするらしいのです。

自然の中で心地よさを感じるのは、自然環境の「ゆらぎ」と人体の「ゆらぎ」(心拍、脳波、呼吸、体温、血流、血圧など)が、シンクロするからだと言われています。

「香り」が、生活空間にゆらぎを与える

本書では、生活空間に「ゆらぎ」を与える方法として、「香り」が紹介されていました。

「緑青の香り」と呼ばれる、青葉アルコールと青葉アルデヒドという香りの成分が、抗疲労効果があることが科学的に確かめられているそうです。

この香りは、芝を刈ったり、緑茶缶を開けた時などに漂ってくる香りです。

「香り」は即効性が高いですが、作用はその場限り。
なので、眠る直前や仕事で疲れが溜まりそうなときに嗅ぐといいですね。

香りの可能性

自律神経の調整のためには、交感神経と副交感神経のバランスを取ることが大切。
そのために、脳にダイレクトに作用するアロマテラピーは有効だと思います。

また、疲労回復のために必要な睡眠。
その質を高めるためにもアロマテラピーを活用してみてはいかがでしょうか?

<編集後記>

先日、主宰であるのりさんより、ファミリーマネジメントジャーナルの閉幕のお知らせがありました。

私は2014年1月から、メンバーとして参加させていただきました。

あっという間に経った2年。
これまでの経験や学びは、私にとってかけがえのないものです。

また、今までお読みいただいた皆さんには感謝の思いで一杯です。
本当にありがとうございました。

それでは最後の記事まで、ファミリーマネジメントジャーナルをどうぞお楽しみください。

子育てに寄り添う角度が変わっていく

子供の背中を見てる

顔を見て、手を取って、抱き上げて、ほほを寄せる暮らしに変化が現れました。
そのころから、自分の子育てステージも変わりつつあることを感じていました。

いつの間にかオムツもお尻拭きもベビーカーも家にはありません。
子供のための大きな荷物を持つこともありません。
用意をして促す日常から、背中を見ながら足りないところだけフォローするようになりました。大人がイニシアチブをとる暮らしから、子供達が自分自身で決めることが増えました。

もちろん、まだまだ大人の手も目も必要ですが必要以上に手を出さないことを心がけるようになりました。

長男に働きかけ続けてきた「3歳からのGTD」も、最初にわたしが掲げていた目標の「彼自身でチェックリストを作れるようになること」が、7年を経て達成することが出来ました。

 

3歳からのGTD・・・さいしょのいっぽ「todoリスト」で行動する: Happy Life! Enjoy work and Lifehacks!

 

 

3歳からのGTD・・・の、その後 – くらしすたんと

 

 

 

[3歳からのGTD]その後・・・長男6歳、小学生になりました – くらしすたんと

 

 

【3歳からのGTD】6歳、タスクリスト作成に挑戦 – くらしすたんと

 

 

【小学生からのGTD】タスクの粒度を考える – くらしすたんと

 

 

 

子どもとタスク管理や習慣化について – くらしすたんと

まとめ記事も

 

 

つい先日。このところダラダラしてる子供達にチェック表を作ろうと(汗)ホワイトボードをリビングに立てかけておいたら「自分で書いていい?」と、長男。「チェック表作るんでしょ?」と。・・・必要だとは思っているのですね。
次男も使うので、もっと「きれいにわかりやすく」作りたかったわたしは一瞬返事に詰まりました。しかし、これは彼らが使うもの。彼ら自身で作った方がもちろんよいことです。任せた結果がこちら。

自分で朝と夜のルーティーンリストをつくるまでになりました。(映り込みは次男。)
左側にタスクが書いてあります。上段が朝起きてから登校するまでVer. 下段が帰宅後から寝るまでVer.チェックを書くかわりに磁石を貼付けていきます。

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情報発信の意味

そんなわけで、自分のゴールが達成したり、育児の最前線を戦うもの(?!)ではなくなってきたなあ・・・という実感があります。そう、タイトル通り子育てに寄り添う角度が変わってきたのです。子の「生活時間」にかかわる親のウェイトが減り、子供自身が道を切り開いていくターンに変わりました。

・・・というわけで、親から情報発信できることが減ってきてしまったのです。
わたし自身が執筆陣を引っ張って紙面作りをすることがむずかしくなってきました。

お知らせ

ふだん、夏休みの更新のないファミリーマネージメントジャーナルですが、今期は夏休みスペシャルを用意しております。

そして、このスペシャル企画をさいごにファミリーマネージメントジャーナルは「閉幕」とします。長らくのご愛顧ありがとうございました。

この更新から のり→さいたかさん→アキヅキさん→hibinoshokutakuさん→蓮花さん・・と、通常ターンの更新が1回ずつあります。
どうぞさいごまでお楽しみください。

各自、それぞれのブログ活動は個人で行っていますので今後もよろしくお願いいたします。

少し早いイヤイヤ期と自分の気持ち

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

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現在、1歳5ヶ月の息子氏。

こんなにしゃべるのか、というくらい喃語を話している。
朝、起こしてくれる時からむにゃむにゃ話している。
 
突如として、電車が好きになり電車を指差しては「でんでん!」。
電車の絵本を買ってあげたら、何度も読んでと本棚から取り出してくる。
試しにとプラレールを買い与えたら、車両が接続出来ない!と怒りだす。
名前入りリュックの中には、いつも電車のミニ絵本とスーパーこまちのプラレールがが入っている。

先輩ママから聞いていた。
が、本当に我が子が電車にのめり込む様は見ていて面白くて仕方ない。

自分自身、マンガとジャニオタなのでオタク気質はある。
なので、一緒になって電車を眺めどの車両が何という名前か覚えようとしてる。
  
赤ちゃんの時にはなかった、一緒になって楽しむ感覚。
それがいま、うれしい。
赤ちゃんの時は、何をしてあげていいか分からず宇宙人といる気分だった。
 
電車ブームと同時に、元々意思はハッキリしたタイプだがそこに「いやっ!」というのが加わってきた。
 
遊びを早めに切り上げようとすると、いやっ!
自転車の後ろに乗せようとすると、海老反りしながらいやっ!
気に入らなくなったら、道路でいやっ!
 
きっと、付き合うこちらの忍耐力が試されている。
最初は、優しく流そうとして我慢した。
そのうち、疲れがどっときて逆に苛々がつのり爆発してしまった。

 

感情的になるのはよくない。

ただ、自己欺瞞もつらい。

 

苛々した対応はマズイ。

しかし、この苛々する、いまこの「自分の気持ち」は認めてあげたくなった。
 
そんな時、Twitterでつぶやくと先輩ママとパパたちから「苛々するのは、当たり前だよー」「もっとすごくなる」
というような励ましをいただいた。
 
子育ては長い道のりだ。
どんどん、手が離れていくにちがいない。
息子への気持ちも、変化していくだろう。
 
どんな対応がいいか、なにを教えるか。
褒めるか、叱るか。
なにを聞くか、話すか。
 
あれこれ、考え続けそうだ。
 
時に、苛々したり我慢せざるを得ないようなことになったり悲しくなったりするのかもしれない。

自分のことを脇において、やらねばいけないこともたくさんあるかもしれない。
 
それでも、いまこの瞬間の「自分の気持ち」は味わい続けながらこどもと向き合えたらと思う。

大人の食べ方

こんにちは、蓮花(れんか)です。年齢を重ねたら、食べ方を変える。食養生ではよく言われることですね。でもそれは、食材のことだけではないんです。
和食02

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子どもを動かす

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photo credit: WSB Season VI Quarterfinals – British Lionhearts vs Ukraine Otamans Day 1 via photopin (license)

タイトルはデール・カーネギー『人を動かす』より。
そりゃ理想を言えば、子ども自身が自らの夢を明確にしてそれに向かって努力するのを親が支える、って図式です。しかし、大半の子どもは明確な夢、強烈なビジョン、計測可能なゴールなんて大学生になっても持っていないのが普通でしょう。その子どもに対して親としてどう向き合うか。

こんにちは、アキヅキダイスケです。
ここ数年、アンガーマネジメントを意識していますが、いつも挫折して子ども相手に怒鳴り散らしています。それで子どもが動くか?とアンガーマネジメントの偉い人は言いますが、しかし、どうやっても動かない子どもをどうしたらいいのでしょうか?偉い人の事例はすべてうまくいった事例ばかりです。そこに嘘がある。それは『人を動かす』のような古典でもそう。『人を動かす』自体の考え方は正しいし、それを自発的に読めば確実に人生に機能するでしょう。しかし、問題は『人を動かす』を読まない子どもに対して親は何ができるか。

Twitterで返信をもらいましたが、コントロールできないことを悩んでも仕方ないですね。子どもってのはコントロールできない存在の代表でしょう。親というよりは、人として全力でぶつかるしかありません。怒ってはいけないとか、それは瑣末なことです。
たとえば虐待のように明らかにやってはいけないことを避けつつ、後は親以前の人として全力で子どもに対峙する、その中でうまく伝わらずに子どもに恨まれてたとえば金属バットで殴られるようなことも覚悟しています。それはちょっと極論ですが。
虐待についても、明らかな暴力だけではなく、精神的虐待とか出てくるとなかなか難しくなってきます。子ども側の受け取り方に幅があるからです。私の解離的な怒り(爆発的な怒り)は、子どもから虐待と訴えられても仕方がないかもしれません。よって、できる限りコントロールしたいと思っています。それでアンガーマネジメントを意識して勉強したり実践しています。それが難しい。

思考は振り子のように左右に揺れます。何が正しいのか、わかりません。『進撃の巨人』のリヴァイ兵長が言ったように、何が正しいのかは本当にわからないですね。すみません、見ていない人にはわかりませんね。でも、『進撃の巨人』はビジネス書としてもおすすめです。ビジネスパーソンが組織において、あるいは危機においてどのように振る舞うべきか自分で考える材料として機能します。そして、ビジネス書というのは家庭という組織マネジメントにも応用できるはずです。だから、私はfmjにおいて、仕事術と家庭の問題をほぼ区別していません。

タイトルの「子どもを動かす」から脱線しました。
親は子どもに期待していいと思います。そして、子どもは親の期待をスルーする自由がある。それでいいんじゃないでしょうか。そして、子どもを動かすためには命令では逆効果です。自分の期待通りに子どもを動かすには工夫が必要です。
私が考えているキーワードは「ジャブ」です。人を動かすには、その当人が自らの意志で動くように仕向けるのがベストでしょう。その方向へうまく誘導する必要があるわけです。その際に、命令などのストレートなやり方ではうまくいかない。そこでジャブです。
たとえば子どもを医者にしたければ、医者に関する本を家庭内に配置するとか、『ブラックジャックによろしく』などの漫画を置いておくとか、テレビは『情熱大陸』の医者の放送回を録画して子どもの前で見るとか。いずれも子どもに強制しては逆効果なので、あくまで医者っぽい環境を構築するというジャブがいいでしょう。
そういったコントロールは言わば「治水」に似ています。水の流れに正面からぶつかっては負けます。水の力をうまく利用して流れを変えることでコントロールしたり、その力で水車を回して利用したりといった工夫になります。子育ても治水に似た考え方が必要な気がするのです。
親としては、環境をできる限り整える、そして、その先は不安でも心配でも子どもに任せるしかないんだろうなと思っています。

いつか来る日

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photo credit: Sit an Relax via photopin (license)

皆様、ごきげんいかがですか。
さいたか(@sai_taka)です!

まさか、こんなに早く

先日、妻の父親が亡くなりました。

急なことだったので、実感がなかなか湧かない状態です。

そんな中で悲しみにくれるひまなく、葬儀や各種手続など、やることが押し寄せます。
私たち夫婦ふたり、母の手伝いでバタバタ過ごしていました。

自分たちも年を重ねた分、当然、親たちも年を取っています。
いつかは来ることでしたが、まさか、こんなに早く来るとは思いませんでした。

「親孝行をしたい時に親はなし」という言葉がありますが、
ほとんど親孝行らしいことができなかったのが、本当に悔やまれます。

でも、いつかは来る

親の死もそうですが、自分たちにも、最期の瞬間は必ず訪れます。

私も、人生の折り返し地点と言われる年代。

でも、それも本当のところはわかりません。
誰もが、人生の最期がいつかなんて予想ができないのです。

考えさせられたこと

今回のことで考えさせられたのは、次の3つのことでした。

 1)「死」を意識すること

 2)「当たり前」は、当たり前ではないということ

 3)悔いの残らないように生きること

どれも、人から聞いたり本で読んだりして、知っているはずだったのに。

今さらながら、あらためて身にしみています。

いままでとこれから

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弱さをわかちあう

去年の今頃、ファミリーマネージメントジャーナルはおやすみをいただいていました。
6月の再スタートに向けて準備をしていた頃でした

ファミリーマネジメントジャーナル再始動です | ファミリーマネジメントジャーナル
ここから1年はなんだかあっという間でした。

以前と変わったのはわたしが「まとめよう!」と張り切らなくなったこと。

〆切も執筆陣の自己管理。こちらから催促をするのを止めました。
記事が落ちてもそのまま。(・・・とはいえほとんどありません。)
それぞれの記事編集も最低限にし、誤字脱字と意味の間違い修正以外はほぼそのまま掲載するようになりました。

わたし「以外」の考え方、感じ方があるからこそファミリーマネージメントジャーナルは面白いのであって、わたしがまとめるのは記事そのものよりも執筆陣のペース配分だったり、書いてもらった記事をたくさんの人に読んでもらうこと。ファミリーマネージメントジャーナルを読んでくださっている人たちの感想を探して、読んで、執筆者につたえたり、ブログを置いているサーバー周りのメンテナンスなどだなあ、とこの一年を振り返っています。

「弱さを分ちあう」というサブタイトルに励まされたのはむしろわたしの方で、誰かの役に立ちたくてはじめたことが、わたしを支えてくれる「仲間」を与えてくれました。
読んでくださる方の感想に支えられてきました。

9月で4年を迎えるファミリーマネージメントジャーナルですが、これからむかえる「6月」も、わたしにとっての一区切りです。

これからもよろしくお願いします。